心の日差し人の伊藤幸太郎です。
あなたは、自分のことを心配性と思っていますか?
そして、ちょっと心配性なだけだよ、と軽く考えていませんか?
けれど、心配性というのは、一概に軽く考えてよいものではありません。
過度な心配性ですと、生きることに
大きな苦しみがつきまとってしまうからですね。
あなたはどんなことに心配を感じますか?
友人にLINEを送った後に
『なんかちょっときつい文章に読めるかも・・・』
という心配かもしれませんね。
他には、スマホを持つと
『落として壊してしまったらどうしよう・・・』
と心配になることがあるかもしれません。
心配になる、ということは、何も悪い面だけではありません。
リスクを回避する能力とも言えるからですね。
ただ、心配は心配でも、正常なものでなければ、やはり生きづらくなってしまいます。
あなたは、なぜ心配の心が生まれてしまうのだろう?と考えたことはありますか?
同じく家を出ても
『ガスの元栓閉めたかどうか心配・・・』
となる人もいますが
何も気にしない人もいますよね。
これは何が違うのかと言いますと
観念(主観的な基準)というものが違うのです。
これが強いほど、過度な心配が生まれてしまうのですね。
私は男性ですが、髪の毛についての観念はないと思います。
例え、髪が薄くなっていっても、あまり気にしないと思います。
ただ、髪がちゃんと生えてはならない
薄毛であってはならない、ハゲてはならない
などの観念を強く持っている人であったら
髪の毛に対して強く気にしてしまいますよね。
もしかしたら、髪を触るときに
『髪が抜けるかもしれない・・・』
という思考が浮かび、心配の感情が生まれるかもしれません。
なので、過度の心配というのは、強い感情であり
強い観念から生まれている、ということなのですね。
発達障害の方のフラッシュバックの苦しみというのも
強い観念と
深い関係性があります。
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